2018年10月 近つ飛鳥博物館

「4世紀のヤマト王権と対外交渉」

〜東アジア情勢と古墳の変化〜



バスで近つ飛鳥博物館へ来訪。バス停を降り、歩道の車侵入禁止の棒に腰を掛けアンデス文明について1時間程議論。
少し肌寒くなってきた季節とは裏腹に熱弁をふるう。すっきりとした青空のもとにもかかわらず、すっきりとしない決着となったアンデス討論。文字の歴史はとても重要だと思うのです。

博物館見学の後は一須賀古墳I・J・K・L支群を見学。そちらの見学会はまた別の項にて書いていきたいと思います。


「空白の4世紀」と言われる文献資料のない時代がある。この時期の事を古墳から出土した遺物により探っていこうという展示。

プロローグ 文献資料にみる4世紀の外交関係

邪馬台国と中国王朝との外交関係は、266年の台与による西晋への朝貢より途絶える事となる。
この時より421年の倭王賛による宋への朝貢までの約150年間が文献史学会での「空白の4世紀」と形容されている時代である。
この時代の数少ない文字資料である高句麗王の「広開土王碑文」と、百済より倭に贈られたとされる、石上神宮の「七支刀銘文」、「日本書紀・神功記」を紹介していく。
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これらに書かれている事から想像されることとして、高句麗の勢力拡大、百済・新羅の国家形成、倭の南朝鮮への勢力伸長などがある。
それにより高句麗と倭が武力衝突を繰り返す事になったと思われる。
つまり、空白の期間、倭には卑弥呼よりももっと強い統率者が現れ、朝鮮半島へ武力進出するほど力をつけている事が文字資料から分かるのだ。
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1章・ヤマト王権の対外交渉と倭系文物・朝鮮半島系文物

4世紀前半以降、朝鮮半島の金官加耶の墳墓で「倭系文物」の出土。日本列島では「朝鮮半島系文物」の出土が目立つようになってくる。
「筒形銅器・巴形銅器・鏃形石製品」というものが「倭系文物・朝鮮半島系文物」として紹介されている。
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初めてみる製品で今まで隠していたのかと思うのだが、ひょっとすると使途不明用具として紹介されていたのかもしれない。
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2章・古墳時代前期のヤマト王権と古墳の変化

古墳時代前期前半の副葬品と古墳時代前期後半の副葬品を比べていく。
前半古墳としては大量の三角縁神獣鏡が出土した「黒塚古墳」と「椿井大塚山古墳」がとりあげられ、ここでは中国王朝の権威を示すものとして、三角縁神獣鏡と小札革綴冑などの副葬品が展示されていた。
そして、後半古墳として宮内庁管轄の「佐紀陵山古墳」や「新山古墳」などがとりあげられ、それらからは倭製の銅鏡や石製品が出土してくるようになった。
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三角縁神獣鏡がどこまで中国王朝の権威を示すものかは私には判断がつかない。
時代が少し下ると倭製と中国製の銅鏡が混ざっていたが、「変形方格規矩四神鏡」「直孤文帯内行花文鏡」などは倭製で、簡素な方形の模様がそこに描かれており、今まで私が見た事のない銅鏡だった。
石製品の方ははっきりと書いてなかったが、石釧や鍬形石などが倭製ということだと思う。
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終章・その後のヤマト王権と対外戦略

最期に沖ノ島遺跡からの出土品が展示されている。この時期より博多周辺の港が衰退し、沖ノ島が玄関口となり百済との交易が活発になっていったと考えられている。
そして、その後の倭の五王へとつながっていく。
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全体の感想

中国の動乱が東アジア全体の動乱へとつながり、それにより中国以外の周辺諸国が勢力を伸ばしていく。その中でヤマト王権が力をつけて対外交渉の方法も変わっていき、それが「空白の4世紀」を生み出した。それを倭製副葬品の出現などで紹介している。
今回の展示の目玉としては新商品の「筒形銅器・巴形銅器」と倭製の銅鏡である。今までさんざん展示されてきている三角縁神獣鏡と比べると、倭製の銅鏡は簡素な幾何学的模様が特徴的で、それが大王陵比定地から出土しているのが面白いと思う。

女王国から脱皮し、大古墳の造営が始まり、大集落遺跡が忽然と姿を消す(古墳出現期の筑紫・吉備・畿内を参照)、そんな謎に満ちた時代がこの時代である。これ以後渡来人がたくさん来るようになるのであるが、今回の展示を見るとすでにこの時点でかなりの革命があったことをうかがわせてくれた。

身分制度が崩壊し、中央集権に変わり、文明開化をした。そして生まれた力を海外へと放出していった明治以後の日本。その時と少し似ているような気がする。
そういう物事の原理を考えてみても、空白の時代に新しい力が生まれてきたのだと思わせてくれる。

近つ飛鳥博物館では、近頃、館長が交代し、あちこちでアピールしております。しかし、せっかく交代したのに、展示の仕方やパンフレットの作り方など、以前と同じままで開催しているように感じます。
個人的な考えではあるのですが、考古学といえども人の興味を惹くのは人なので、今回の展示でいえば、4世紀の大王というものを少しでも感じさせてくれたならば、考古学好き以外の方もずいぶんと楽しめたと思います。
現在だと続けて来ている人向けに作られていて、たまにしか来ない人はあの分厚い本のようなものを購入しなければ分かりにくい状態となっていると思います。
古代の文献史学が専門と言われる新しい館長の「らしさ」をもっと出していってくれる事を期待します。





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