2018年11月 奈良国立博物館
「第70回 正倉院展」
私は暗闇の中に居た。まるでトンネルの中にいるようだった。こだまする音に怯えながら手探りで出口を探す。すると、前方から一筋の光が伸びてきている。私はそれをたぐりよせるように、ひきよせるように、その光の筋の先へと向かった。そして・・・、光源へとたどり着いた。驚くべきことに、そこは・・・、妖怪の住まう都市、奈良の都であった・・・。
私は物の怪にでも憑かれてしまったのだろうか?あれほど嫌っていた奈良に再度訪れるはめになったのだ。これが妖怪の住まう町「奈良」なのである。私は恐怖に身震いを隠せなかった。トンネルを抜ければそこは奈良だったのだ!!
奈良に魅入れられし人々は我々だけではなかった。奈良国立博物館の入館に1時間待ちの行列が続いている事がよく物語っている。凶暴なはずの鹿のつぶらな瞳に群がる外国人に学生たちもそうなのだ!!
秋の風物詩ともいえる奈良国立博物館の「正倉院展」。ネット上での前評判では「いつもより地味な展示」「例年ほど混雑していない」という口コミやブログを拝見しておりましたが、我々にとって今回の正倉院展は面白いテーマだったと思います。パンフレットにも書いてありますが、「麻」を大きなテーマの1つに据えているのです。
「麻布は税として地方から都に納められました。今年は平成25年度から27年度にかけ、宮内庁正倉院事務所によって行われた特別調査を踏まえ、麻を用いた様々な宝物が出陳されます。」
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★麻に関する展示の抜粋★
展示No.6-1/6-2 摺布屏風袋
東大寺の仁王会に関わる屏風を納める袋が麻布。麻布の墨書から「上野国」からの貢納と知れる。大麻と苧麻の麻布の併用が確認された。
「上野国佐位郡佐位郷戸主梔前部黒麻呂庸布壹段 長二丈八尺 廣二尺四才
天平感賓元年八月 主當国司介正六位上勲十二等茂○○○
郡司大領代梔前部君賀味麻呂」
展示No.7 白布
調布。
「佐渡国雜太郡石田郷曽祢里戸丈部得麻呂調布壹端
天平十一年十一月十五日」
展示No.8 山水図
苧麻の布に、山水墨画を描いたもの。
展示No.9-1/9-2 繍線鞋
光明皇后の室内用靴かと思われる。
麻布と紙を芯とした靴で、唐製。
展示No.10 山合鞘御刀子
紙や布を切ったり木簡を削る刀子三本を一つの鞘に収め、金具に紐を通し腰帯からぶら下げていた。聖武天皇が使用していたと思われる。柄はシタン、沈香を貼った木や犀角で作られている。
展示No.14 櫃覆町形帯
紐を井の形にした櫃覆いの抑え帯。墨書により聖武天皇の喪葬に関わる品を入れていた事が知れる。紐は麻布を芯としており「伊豆國印」と墨書きが見える。
「東大寺櫃覆紐 天平勝寶五月二日」
展示No.22 布虎兜
舞楽用。赤い平絹の裏地をつけた麻布二枚を帽子形に縫い合わせた。麻布に真綿の芯を入れた尾状の紐がつく。
展示No.23 緋(アシギヌ)鳥兜
舞楽用の被り物。ヒノキ材を編んだ芯に赤い平絹を張っている。
展示No.35 色氈
フェルトの敷物。布箋により新羅の貴族宅より出て真綿と交換されたものだと知る事ができる。
「長七尺廣三尺四寸 真綿十五斤」
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- 靴や袋、絵画は麻が多く、服は絹がメインだったのか?
- 貢ぎをした氏(部)の名前に興味津々
- 舞楽の絹がボロボロになっていたのに対し、麻は1000年経っても丈夫そう
- 麻は東国産出が多かったのか?
- 反故紙も面白い。展示No.23の芯に貼った紙に胡人の墨画、丹後国とのやり取りが見られ丹後国製作の鳥兜かと推定される。
- 展示No.40-2では、新羅の役所で使用された反故紙があり、肉や米、大豆の量、米を搗く作業の記録が書かれている。さらに展示No.41華厳経論帙(経巻の包み,7世紀末か)にも人口や戸数を記した反故紙が使われており、役所と寺の関係性もうかがえる。
- 苧麻と大麻の違いがよく判らない。製作現場を一度見学すべきか?
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天理参考館でナトロンガラスの講演を聞き、正倉院の宝物展が気になり今回の訪問と相なった。ガラス製品は存在しなかったものの、聖武天皇、光明皇后の贅沢奢侈な生活ぶりの一面が垣間見える展示だった。この豪華宝物と引き換えに彼らが支払った代価とはなんなのだろうか?
民衆から苛烈に取り立てたであろう「もの」がこの豪華な品々に交換されたと想像できる。それを考えると涙なしには語れない品々なのではないだろうか?
そしてまた、東大寺が1300年もの間、贅沢奢侈の品々を保存できた理由も荘園の人々から苛烈なる取り立てをしたからである。私たちはこの品物を通して、遠くローマの職人・民衆のみではなく、古代の私たちの先祖を見ることも大切なことではないかと強く思った次第である。
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